チルチルとミチルは青い鳥を探し、未来の王国を訪ねる。
メーテルリンクの戯曲「青い鳥」の一場面である。
生まれる前の子供たちが、誕生の順番を待っていた。
”時”の番人が地上との間を往復しては、子供たちを船に乗せ、連れて行く。
皆が希望と好奇心に満ちて乗船する中に一人、「生まれたくない」と
手こずらせる子供がいた。拒む理由は明かされない。

クローン人間の話題に接するたびに、その子のことが頭に浮かぶ。
「クローン動物には心肺や免疫などの機能に、何らかの異常が認められる」
とクローン羊の生みの親、ウィルムット博士は述べている。神の領域を侵す、
侵さないの以前に、未成熟な技術である。

フランス人の科学者が、世界初のクローンベビーが誕生したと語った。
女児ということだが情報に乏しく、信憑性を疑う専門家も少なくない。

別のイタリア人医師も来月に出産させることを明らかにしている。
クローン女児誕生の真偽は定かでないが、安全性を置き去りにした一番槍の
功名争いに一部の科学者が血眼になっているのは確かだろう。

駄々をこねる子供を”時”の番人は促した。
「死ににいくのじゃない、生まれにいくのだぞ」……。

実験動物のように扱われる人間の「生」は「死」以上に過酷であろう。
戯曲では、未来の王国に青い鳥はいなかった。

(読売新聞 2002年12月28日朝刊 編集手帳より)