そう多くの人の目に触れる冊子ではないが、小社広告局が発行する
「オッホ」の今月号で、映画監督の大林宜彦さんがクイズを出している。
「一時間半の映画でスクリーンに絵が映っている時間は何分か」

正解は五十分だそうだ。映写機は一秒間に二十四回まばたきするが、
シャッターが閉じてフィルムが入れ替わるのに九分の四秒かかる。
一時間半のうち四十分間、観客は闇を見ているのだという。

この闇を大林さんは、文章に例えて”行間”と表現し、観客に
行間を読ませるのが演出だと述べている。九分の五の映像が物事の
「記録」だとすれば、九分の四の闇はその記録を心の内に投影する
「記憶」の時間である、とも。

人も情報も高速で動く今、記録と記憶のバランスはどうだろう。目的地
での見聞、ネットや携帯電話の情報が大量に記録される一方、それを
ゆっくり味わう記憶の時間が失われつつあるようにも感じられる。

ファストフード全盛の中、食事に時間をかける「スローフード」が
関心を集めているのは、その反動でもあるのだろう。時間をかけて走る
寝台特急が人気の理由も同じに違いない。

夏休みは「ゆっくり」を楽しむいい機会だが、今年は台風に邪魔された。
時速二十キロほど、自転車並の縦断が被害を大きくした。こちらのユックリズムは
ありがたくない。

(読売新聞 2001年8月23日朝刊 編集手帳より)